宮嶋 望の発言
イタリアで考えたこと
フォルテート社(IL FORTETO)を訪ねて
2014年9月に北イタリアのチーズ工房をめぐった際に、世界のソーシャルファームの源流のひとつにも位置づけられるフォルテート社を訪ねました。
イタリア・フィレンツェ郊外にあるフォルテート社は、学生や若者たちの手で1977年に立ち上げられた協同組合形式の農園です。共働学舎新得農場の創立が1978年ですから、一年先輩にあたります。それまでさまざまな社会運動、学生運動に取り組んでいた彼らは、学校と家庭以外の子どもたちの居場所を作ることや、心身に負担を抱えている人々がともに暮らす場所ができないかと議論を重ね、農園という方法に行き着きました。今日でいうソーシャルファームの源流です。ソーシャルファームとは、さまざまな負担を抱えている人や仕事の現場で不利な立場にある人の問題を、ビジネスを起こすことで解決して行こうという試みです。
ビジネスといっても、最大の目的は利益を上げることではなく、社会的に弱い立場に置かれている人々が、自分らしく生きられるための環境を作り、その人なりに働くことでそれを末長く維持していくこと。
彼らは、地主が経営をあきらめて放擲された農地や農家、教会などに手を入れながら牛や羊を飼い麦やオリーブやブドウを育て、チーズやワイン、パンをはじめとした農産品を作りました。またサルデニア島から良い羊を買いつけて、これを近隣農家に飼育してもらい、乳を集めてチーズを作りました。今日では、600haもの広大な土地に250名もの雇用を生み出す一大産業となっています。薪をチップにしたボイラーや太陽光発電を使って、使うエネルギーの3割を再生可能エネルギーで賄っていることにも、強く興味を引かれました。
ここで作られているチーズは羊乳を使うペコリーノ・トスカーノなどですが、製造現場に障がいを持っている人も入っているので、近代的で安全な機械設備を導入していました。品質は、日本を含めて海外にも輸出される高いレベルを誇っています。敷地の入り口には直営のスーパーがあって、チーズや農産品など、自分たちが育てたものを中心においしそうなものがどっさり売られています。地域の人たちが毎日買い物にきて、活気があふれていました。
そのあとフィレンツェの農業祭に行ったのですが、たいへんにぎやかな中にフォルテートも出店していて、ブースには行列ができていました。最大の売り物は、キニアーナ種という大きな牛の肉を使った特製ハンバーガー(その名も「キャンバーガー」)です。
共働学舎も最近ではしばしば「日本のソーシャルファーム」という文脈でとりあげられることがあります。自分たちにはそういう意識はありませんでしたが、私たちがやってきたことがどうやら、世界的に見ると「ソーシャルファーム」と呼ばれるものでもあるらしいのです。
規模はかなりちがうものの、共働学舎新得農場がフォルテート社から学ぶことは少なくないと感じました。まず、自分たちの農業やものづくりが地域に広く開かれたものであること。そして、イタリアには彼らがつくるチーズなどの価値を守るDOP(保護指定原産地表示)やIGP(保護指定地域表示)という制度があり、つくり手はその枠組みを生かしたものづくりをしています。フランスでいえばDOPはAOC(原産地呼称統制)であり、IGPは、日本で今年法律が成立した「地理的表示法」(特定農林水産物等の名称の保護に関する法律)にあたります。その土地の歴史風土が作りあげる、その土地でしかできない上質な産品をフェアに守る仕組みですが、日本でもいまようやくそのことの意味や価値を議論し、法律によってそれらを守っていこうとする時代になりました。
どんな牧場でもその土地ならではの土や草、そして水や光や風があります。牛たちはそうした土地の風土に暮らしています。だから彼らが生産してくれる牛乳を、その風土の中で自然のままにじっくりと熟成させていくチーズは、その土地の成り立ちや環境のあらわれそのものなのです。土地ならではの高い品質を持つ産品をつくり、地域の人々がそのものづくりの仕組みを、商品を買うことによって支える。そして国も、DOPやIGPという制度で彼らを守り育む——。安さや規模や効率ばかりを求めていく現在の経済社会の中で、ここに希望のモデルがあるなと感じ、勇気づけられました。
「2014.10.26 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」