共働学舎新得農場 代表 宮嶋望の発言と実践

宮嶋 望の発言

「2015年3月の宮嶋望セミナー」から

土地の個性を活かしたものづくりを

2014年6月に国会を通った「地理的表示の保護制度」が、この6月にも法制化される見込みです。英語ではPGI(Protected Geographical Indication)と呼ばれる新たな品質保証の制度が、日本に生まれるのです。PGIとは、世界中を均質化して、規模と効率をひたすら求めていくグローバルスタンダードの考えとは逆の立場にある仕組みです。これは、土地ごとの個性を活かした上質なものづくりを進めながら、そうして生まれたたくさんの個性を護っていくための制度なのです。一方でこの制度は、日本のチーズ工房に、「もうヨーロッパのコピーを作っている時代ではないよ」と宣言します。つまり、カマンベールとかゴーダ、パルメジャーノなど、ヨーロッパの地名に由来したネーミングが使えなくなることが考えられます。日本国内で地名を冠したチーズを護って育てていくのなら、自ら襟を正さなければなりません。事実、去る2月、日本とEUの経済連携協定(EPA)交渉では、EUは域内にあるワインやチーズなどの有名産地名を使った商品名を使えないようにすることを求めています。

「地理的表示の保護制度(PGI)」がこれから作り出していくナチュラルチーズの針路は、私たち共働学舎新得農場がずっと取り組んで来た針路とも一致します。重要なのは、こうした取り組みを持続的なビジネスとしてどのように成立させていくか、ということ。
いま、チーズ工房を立ち上げたいと思っている人も少なくありません。相談を受けたとき、僕は彼らにまず、何のためにチーズを作りたいのかと聞きます。例えば3つくらいの方向があるでしょう。ひとつは、チーズによって自己実現や自己表現がしたい。そういう人がいるでしょう。また、ナチュラルチーズの市場が大きくなってるから、うまくやって早く儲けたい、という人もいます。そして、チーズによって地域で長く暮らしていくための基盤を作りたいという人もいます。いわば、時間をかけて儲かるチーズを作りたい人たちです。
僕が皆さんと考えていきたいのは、3番目の人の方向。小規模で地域に根ざし、そこで長く堅実に暮らしていけるチーズづくりです。そのためには、ターゲットをきちんと意識することが大切です。マーケティング用語で言えば、それは「アーリーアダプター(初期採用者)」と呼ばれる人々になります。新しい動向に敏感で、自分の意志で動き、チーズプロフェッショナルの勉強をしようかな、などと考えているくらいの人。ある研究書では、チーズに限らない多くの分野でもこうした人々は13.5%くらいいると書かれています。その上にはイノベーター(革新者)と呼ばれる、新商品をさらに先鋭的に求めていく人たちが2.5%くらいいる。アーリーアダプターの下にいるのが、アーリーマジョリティと呼ばれる人々。これが34%くらい。彼らは、イノベーターやアーリーマジョリティが作ったトレンドを追いかけていく人たちです。

時間をかけて取り組むチーズ作りには、なんといっても土地の環境が鍵を握ります。チーズ工房でいちばん働くのは、人間ではなくてその環境で生きる微生物なのですから。チーズ工房を立ち上げるということは、おいしいチーズを作ってくれる微生物たちが快適に生きる環境を作ることにほかなりません。
日本のナチュラルチーズの年間生産量は約4万トンで、これは生乳生産量の11%くらいにあたります。そして日本のナチュラルチーズは9割以上が北海道で作られ、さらに国内生産の8割くらいを十勝が担っています。これはなぜかというと、北海道の十勝には、チーズ作りに適した環境があるからです。
これはこのサイトのほかの項でも言っていますが、西北を日高と大雪の高い山並みに囲まれた十勝は、南東に大平原が太平洋にまで広がっています。土地と光の関係でいうと、朝から午前中にかけて光がたっぷりと降り注ぎます。朝の陽光は波長の短い青い光で、この光は生命力と成長力を新鮮に活気づけます。一方で午後から夕方は、山並みの鞍部(あんぶ・尾根のくぼんでいるところ)である狩勝峠から、波長の長い赤い光が差し込みます。「発酵」の「酵」の字や、「酒」や「酢」や「醪(もろみ)」、「焼酎」の「酎」、古代に作られていたチーズといわれる「醍醐」など、発酵に関わる漢字には酉偏(とりへん)がつきます。酉は方位図で西をあらわしますから、太古から人々は、西からの赤い光には発酵を良くうながす力があると知っていたのではないでしょうか。
さらに詳しくは別にゆずりますが、土地と光の性格についてよく考えれば、その土地で作るべきチーズの姿がおのずから見えてくるでしょう。この恵まれた環境から僕たちは、ヨーロッパのコピーではない、ほんとうのオリジナルチーズを作っていかなければなりません。

「2015.04.03 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」

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INDEX

宮嶋 望の発言

12という数字から

大病から生還して

土地に根ざしたものづくりの新展開

2017年の春に

真木共働学舎の取り組み

映画『アラヤシキの住人たち』に寄せて

「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」に参加して

「札幌豊平教会」建設55周年記念講演会から

「石狩家畜人工授精師協会第64回定期総会」での講演から

「2015年3月の宮嶋望セミナー」から

イタリアで考えたこと

共働学舎新得農場の成り立ち

レポート