共働学舎新得農場 代表 宮嶋望の発言と実践

宮嶋 望の発言

「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」に参加して

日本のナチュラルチーズに吹く追い風

「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」(フランス・トゥール市)において、フルム・ダンベールやロックフォールといったブルーチーズの最高レベルの職人たちをはじめ、フランスの食のプロたちが日本のブルーチーズを絶賛した、という話を前稿でしました。この経験はとても興味深く、いろいろなことを考えさせられました。

フランスと同じ種類のスターターやレンネットを使い、乳牛も牧草の品種だって大差はないのに、日本のブルーチーズはなぜこのようなまろやかで穏やかな風味になるのか—。それが彼らがいだいた疑問の代表的なものでした。確かにフランスのブルーチーズは、ふつうの日本人の舌からするとびっくりするくらいピカンテ(刺すような辛み)が強いですからね。僕が彼らやコンクールの審査員たちと話をしていくうちに導かれたのは、結局水がちがうからではないか、ということ。
ご存知のようにフランスの天然水は、ミネラル分が濃い硬水です。一方で日本の水は、ミネラル分の少ない軟水です。このちがいは、大地の成り立ちや大陸と島国といった条件の差から生まれます。日本は雨が多い火山国ですが、国土に降った雨はヨーロッパに比べれば短時間で海へと下り、地下水が含むミネラル分は少なくなります。もともとロックフォールチーズは、石灰岩質の洞窟(火山に由来しない)で作られていましたからね。
さて軟水と硬水では、そこに棲む微生物の質と量がちがってきます。ある生物学者たちは、一般に軟水の方が微生物の種類が豊かだと言います。チーズづくりに関わる微生物は、人がミルクに入れる乳酸菌などに限りません。牧草地の土壌から牧草、牛の消化器官の中、牛舎、工房や器具の表面、そしてミルクにもさまざまな微生物が共存して、その環境ならではのきわめて複雑なバランスを形づくっています。微生物たちはおもにブドウ糖をエサにしながら、さまざまな酵素を分泌していきます。大づかみで言うと、微生物は分泌物に含まれる酵素のハサミによってミルクのタンパク質や脂肪の鎖を切っていくのですが、ハサミの種類と数が多いと切る場所も増えて、たくさんの短い鎖に分解されます。これがチーズの味わいを複雑にしてくれるのです。微生物のこの働きには、硬水よりも軟水の方が向いているというわけです。

昨年秋、C.P.A.(NPO法人チーズプロフェッショナル協会)」が主催する「JAPAN CHEESE AWARD 2014」でグランプリを獲得したのは、長野県のアトリエ・ド・フロマージュのブルーチーズでした。そしてこのチーズは今年の6月、「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」で見事スーパーゴールドのひとつとなりました。このいきさつには、少し裏話があります。
C.P.A.のアワードの審査の場で、あるフランス人の審査員はこのチーズをあまり評価しませんでした。ピカンテも塩気も薄すぎる。これが一等賞だとすると、日本のジャッジはまだまだ世界標準に届いていないぞ、という調子です。「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」への参加に当たって、作り手はこのフランス人の意見をどう受け取るべきかたいへん迷いました。そこで彼はC.P.A.に相談したのです。本人とC.P.A.の10人以上が集まってじっくり話し合いました。そこで出た結論は、やはり日本人が良いと思うものを作ろう、ということ。だから彼は、C.P.A.でグランプリをとったレシピを変えずに応募したのです。はたしてそれがフランスで最高の評価を得た。これが意味するのはどんなことでしょう。

フランス人をはじめとする欧米人の味覚に、いま新たな気づきがもたらされているのかもしれない。僕が言いたいのは、そのことです。今回のブルーチーズでいえば、彼らは、ピカンテが効いた古典的なブルーチーズのほかに、もっとマイルドでさらに複雑な味わいをもつ日本のブルーチーズにも強く惹かれた。おばあちゃんの古漬けばっかり食べ慣れてきた人たちが、新鮮でいきいきとした浅漬けのおいしさにハッと驚かされた、というところでしょうか。少し前までなら、そんなことは絶対にあり得なかった。これはたいへんな出来事であり変化です。
そしてそれは、チーズの世界に限らず、食の世界に広く共通する潮流になってきています。素材の良さを活かしながら、複雑で深い味をしっかりと作り上げている食材や料理。それこそが日本の食文化、とりわけ発酵食文化が世界に誇りうる魅力です。2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも、こうした流れを証明しているでしょう。豊かで多様な自然を尊び、それを健やかな食生活にむりなく結んでいくという、日本人の志向や精神に基づいた食に関する習わしが、普遍的な価値として世界に認められる時代になったのです。

日本のナチュラルチーズには、世界が認める「和食」という大きな世界観の中で新しく独自のポジションを得る可能性が見えてきた。この追い風を確実に受けとめて、前進していかなければなりません。C.P.A.にも自信と勇気が湧いてきています。

 

※2015.08.25札幌にて

「2015.09.11 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」

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