共働学舎新得農場 代表 宮嶋望の発言と実践

宮嶋 望の発言

真木共働学舎の取り組み

都市のための山の灯台

本橋成一さんの映画『アラヤシキの住人たち』の上映会にトークなどで参加するうちに、前稿までで述べてきた僕や本橋さんの考えに共感してくれる方がたくさん現れました。思いがけない出会いもあり、そのうちの何人かの方々と、いま真木を舞台に新しいことをはじめようと相談しているところです。

その方々の中には、「新月の木」の理論に共鳴して伐採を担ってくれた、森林組合の若きリーダーがいます。伝統木構造の世界で腕の立つ大工さんがいます。また、優秀なファンドマネージャーもいます。大工さんたちは、真木に水車と水路を復活させよう、茅場を整備して自前の茅で屋根を葺(ふ)こうと張り切っています。真木のメンバーには、茅葺きの技術を持っている人もいます。
ファンドマネージャーの方は、真木のような土地を通して、世の中のお金の流れをわずかでも変えることができるのではないか、と考えています。いずれにしても1、2年でできることではないのですが。

彼らや僕たちはいま、真木と東京や大都市の関わりを、規模はぐっと小さくなりますがフランスのエコミュゼのような構図によって読み換えることができないか、と思っています。
まず壊れた小屋を「新月の木」で建て直して、そこを外部から真木を訪れる人たちの宿にします。外部から訪れて、真木の暮らしを少し味わってほしいのです。小屋にはもちろん基礎に炭埋をして、鉄材は使いません(炭埋や鉄のことは以前に述べました。このサイト内をご覧ください)。水車小屋も作ります。昨年暮れに伐採して倒したままにしている「新月の木」を製材するにも、水車の動力を使います。

さて、肝心の財源をどうするか。ここでファンドマネージャーの出番です。彼は、いまはこういう人がいる時代だと言います。つまり、「世の中に真木のような暮らしがある。それは、現代社会全体にとって意味のあることだろう。その暮らしを維持するために役立つのなら、自分は出資しても良い」と考える人々です。彼らは、直接的なリターンを求めてはいません。その代わり、年に何度か真木の暮らしを自分でも体験してみたい、などと考えます。そのときに、新たに建てる小屋に何日か泊まってもらうのです。
ファンドマネージャーの方は、いまはお金儲けを目的としないファンドが成立する時代だと言います。人間の匂いがしない資本が短期のリターンを求めて世界中をめまぐるしく行き交うグローバル経済の時代だからこそ、一方で、ほんのわずかだけれども、そうじゃないお金の使い方を求める層もいる。目先のマネーやおもしろさではなく、いわば世の中の基盤を強くすることに関与するためにお金を使いたいと願う人々です。そしていまは、そういう人たちとつながる方法がさまざまにあるのだそうです。

現代は、生身の命が、機械や情報やマネーに簡単にふりまわされている時代です。都市がもつ便利さやスリリングな刺激は、文明を駆動させる重要なエンジンでしょう。しかし、世の中のすべて全体がそれらを目ざすとしたら、いろいろなリスクがあらわれます。当然、ついて行けない人も出ます。人間社会も生き物たちも、そして生態系全体も、強くしなやかで持続的であるためには、豊かな多様性が必要です。
強いものがあれば弱いものもある。便利なものがあれば不便なものもある。強い者は弱い者から、弱い者は強い者から、互いに学ぶことがたくさんあります。そこには、強者は弱者を守るべきだという、道徳倫理の枠組みだけには収まらない論点があるのではないでしょうか。

この文明社会がいまどこに位置して、どこに進もうとしているのか——。そのことをあらためて考えたり議論するためには、文明の真ん中を疾走するだけではなく、まったくちがう場所に身を置いてみることが必要です。僕たちは、真木がそんな場所のひとつになってくれないかと願います。真木は、都市を照らし、ときには都市を導く灯台になれるかもしれない。そう思っています。
「新月の木」やエコミュージアムに触発されて、僕や真木のメンバーたちは、新たなことをはじめようとしています。株式会社が動かすビジネスの世界とはスピード感がまったくちがいますが、報告できることができた時点でまたお話させていただきます。

「2016.01.22 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」

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INDEX

宮嶋 望の発言

2017年の春に

真木共働学舎の取り組み

映画『アラヤシキの住人たち』に寄せて

「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」に参加して

「札幌豊平教会」建設55周年記念講演会から

「石狩家畜人工授精師協会第64回定期総会」での講演から

「2015年3月の宮嶋望セミナー」から

イタリアで考えたこと

共働学舎新得農場の成り立ち

レポート