共働学舎新得農場 代表 宮嶋望の発言と実践

宮嶋 望の発言

「共働学舎新得農場の成り立ち」

自分の暮らす土地を深く知る

僕たちは近年、ラクレットというチーズに力を入れています。ラクレットとは、フランス語で「削るもの」という意味(「削る」はラクレ)。断面を直接温めて、溶けたものを削いでジャガイモなどにからめて食べます。チーズがたっぷりのった、北海道ならではのおいしいジャガイモときたら、こたえられないうまさです。
ラクレットははじめ、匂いが強いので敬遠する人もいました。でも僕たちが一生懸命ふれまわったこともあり、今ではいろんな工房が作りはじめるほど人気が出ています。皆さんのチーズとのつきあいが深まるにつれ、濃い味で匂いも強い個性的なものが好まれるようになってきたのでしょう。こういうものがこれからの北海道のチーズの主力になっていくのではないかと思います。また日本のナチュラルチーズも、ラクレットをはじめとして、ただカットして食べてもらうだけではなく、どのようなサービスで提供するかを問題にする段階に入ってきたといえるでしょう。

土地の草を食べ、土地の光や水や風をたっぷり吸収した牛のミルクから作られるチーズは、ワイン同様に、その土地の風土の個性そのものです。そのかけがえのない価値を、マーケットにどのように認めてもらうか。僕たちはフランスチーズの AOC(原産地呼称統制)の産みの親であるジャン・ユベールさんに、そのことの大切さを繰り返し教えられました。そしてここにきて北海道のチーズも、内外のマーケットでちゃんと評価されるようになってきた。
モノづくりがどんどん世界に開かれて自由競争にさらされようになった現在、日本の農業と酪農も大きな曲がり角にあります。そんな中でいま農水省がどういうことを言っているか。キーワードは、「地理的表示」とか「原産地呼称」と呼ばれる制度です。フランスチーズで言えばカマンベールとかロックフォール、マンステールなどのように、地名を掲げて個性を打ち出しているものをきちんと評価して、法的に保護していくことに踏みだそうとしているのです。TPPという強烈な外圧に対しても、これは有効なツールになるでしょう。

かつてボルドーなどのブドウ農家やワイナリーは、ボルドーの土地で正しい仕様書に基づいて作られたワインしかボルドーワインと呼べない、という仕組みを作りました。それがAOCワイン。チーズも同様です。カマンベール地方で土地の仕様書で作られたチーズだけがカマンベールチーズと名乗ることができます。こうした原産地呼称という考え方は、あくまで規模と効率で世界のマーケットを単純に支配しようとするアメリカ流のグローバルスタンダードに対して、とても有効な楯になります。
そしてそれはまた一方で、日本のチーズ工房が、フランスのカマンベールやロックフォール、コンテといったチーズの安易な真似がもうできないことをも意味します。これも重要なポイント。日本のナチュラルチーズの、長かったコピーの時代が終わるのです。
僕は思います。日本のような深くて長い発酵食品の歴史を持つ国だからこそ、世界に通用するオリジナルのチーズができるはずだ。発酵文化はこっちの方が先輩なんだぞ、と。

そこで気をつけなければいけないのは、チーズの作り手はどうしてもお山の大将が多くて、俺が作ったものが一番だと思いがちなこと。僕もそうです。しかし、自己流でトップだと思っていることと、世界に通用する一流とはぜんぜん違う。そこを理解しなければなりません。「自己流を脱して、世界に通じる普遍的な一流」へと脱皮することが必要です。そこで軸になるのはまず自分の足元。自分がどんな土地に暮らしてどんなチーズを作っているか、ということを繰り返し客観的に考えてみることです。

僕の住んでいる十勝で説明しましょう。十勝の西には2000メートル級の日高山脈があり、北西には同じくらいの高さのある十勝連峰や大雪山連峰が取り囲んでいます。そうすると南東が大きく開いている。これは農業や酪農にはとても良い条件です。朝日からはじまり午前中の陽が十分に入ってくるからです。青く波長の短い朝の光は、すべての生き物たちを元気に育みます。
一方で午後になると、高い山脈があるために陽がたっぷり差し込むというわけにはいきません。特に生き物たちを成熟させる力をもった、波長の長い赤い夕日が不足しがちです。赤い光が届くところは、作物をじっくりと実らせ、さらに熟成発酵菌が元気づくとされているのです。
しかしそんな十勝でも、唯一夕日が十分に入ってくる場所があります。新得の真西、標高600メートルあまりの狩勝峠です。この鞍部から入った夕日は、新得を通って鹿追、音更、本別へと届きます。だから本別の豆はうまいのです。
自分が根ざしている土地が、どういう条件であるのか。それを理解してそこに合ったものづくりをしないと成功はおぼつきません。

もうひとつ、緯度にも注目しましょう。札幌や新得は北緯43度のラインに位置しています。これは俗に発酵ラインとも言われる土地なのです。むかし、「ミュンヘン、札幌、ミルウォーキー」とうたうビールのコマーシャルがありましたが、北緯43度あたりの光は、チーズもワインも、いろんな発酵にとても適しています。生き物を成熟させる、波長の長い赤い夕日が、良い発酵を促すのです。池田町のワイン城が西を向いているのも、偶然か設計だったのかわかりませんが、正しいことだと思います。
南でも同じです。チリやアルゼンチン、ニュージーランドといったワインの産地はこうしたライン上にあります。北半球ならこの位置にはいっぱい土地がありますが、残念ながら南の多くは海なのですが。

日本で作られるナチュラルチーズの9割以上は北海道で作られています。そしてそのうち8割以上が十勝産です。いま日本人が年間に食べるチーズはひとり2.3キログラムといわれます。これが5キロになると、チーズのマーケットは劇的に変わるでしょう(もっともフランスのその数値は、ひとりその10倍以上ですが)。
僕たちの農場は、冬でも真南に伸びる尾根が強い風を防いでくれます。午前中の光がたっぷり入って陽だまりができます。僕たちが入植したときにはもうなかったのですが、ここにはかつてストーンサークルがあったそうです。先住の人々は大地のそうした条件にとても敏感でしたから、ここでいろんなものづくりや儀式、まつりごとをしたのではないでしょうか。人間を含めてどんな生き物も、その生命の根源は、生きていく大地と太陽の光が左右します。僕らの居住棟には夕日はあまり当たらないのですが、放牧地と採草地のある山の斜面にはたっぷり当たります。僕らの農場では、夕日があたっているあいだ、牛たちはこの斜面でゆったりとすごしてもらうわけです。

共働学舎新得農場は、こうした風土の考え方の上に成り立っています。

「2014.06.16 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」

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INDEX

宮嶋 望の発言

2017年の春に

真木共働学舎の取り組み

映画『アラヤシキの住人たち』に寄せて

「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」に参加して

「札幌豊平教会」建設55周年記念講演会から

「石狩家畜人工授精師協会第64回定期総会」での講演から

「2015年3月の宮嶋望セミナー」から

イタリアで考えたこと

共働学舎新得農場の成り立ち

レポート