宮嶋 望の発言
映画『アラヤシキの住人たち』に寄せて
ゆっくりでもかまわない仕事をつくる
前稿で、長野県小谷(おたり)村の山あいにある真木共働学舎の暮らしを追ったドキュメンタリー映画、『アラヤシキの住人たち』の話をしました。自由学園の先輩であり、長くお付き合いさせていただいている本橋成一さんが監督したこの映画には、共働学舎新得農場でも実践されている生活の理念がいきいきと描かれています。
心身にいろいろな困難を抱えたり、生きにくいと感じている人がいっしょに暮らす共働学舎では、「弱い人」は必ずしも一方的に「助けられる存在」ではありません。学舎で暮らしはじめる人はよく、健常者と障害者の区別がなんだかわからなくなると感じます。ここでは弱い人も強い人も対等ですし、強い人が弱い人から教わることだってたくさんあるからです。さらには、いわゆる「強くて優秀な人」が集まって何かをしようとすると、往々にしてうまくいきません(笑)。俺のやり方が優れている、いや俺の方だ、とケンカがはじまったり。でもそこに「弱い人」がいると、和が生まれるのです。いくら理屈をふりまわしたって、しょせん自然の仕組みに逆らって効率を上げることなどできない。人はそんな当たり前のことに気づいていくでしょう。これは社会全般に当てはまることですし、『アラヤシキの住人たち』で本橋さんは、近すぎず遠すぎない絶妙の距離感でまさにその現場をいきいきと撮ってくださいました。それは宮嶋眞一郎(自由学園教員・共働学舎創設者)の教えを深く自分のものにした、本橋さんからのメッセージだと感じました。
共働学舎には、長野県小谷村の真木と立屋、そして北海道の小平町と僕がいる新得町、合わせて4つの農場があります(ほか東久留米市に東京共働学舎)。新得の場合は酪農中心で規模が大きくまちにも近いので、暮らしのスタイルはおのずとちがいます。でも、さまざまな境遇にある人たちが、自労自活の精神で暮らしているところはまったく同じです。
大所帯である新得では、自労自活の手段として、チーズを中心にしたものづくりに取り組んできました。最初に考えたのは、ものがあふれている現代で、量的競争をしても勝てっこないということ。どのみち僕たちのメンバーの多くは、機械やコンピュータを使いこなすことはできません。では何ができるのか? それは、ゆっくりでもいいから小さいことを着実に積み上げていくような仕事です。ゆっくりでかまわないのなら、どんな人でもできることは山ほどあるのです。
僕たちのチーズ工房には、大きなメーカーにある機械はありません。しぼったミルクを運ぶのにもポンプを使いません(高低差を利用して搾乳所から工房に自然に流します)。工程はみな手作業でできることばかり。そもそもおいしいチーズを作ってくれるいろいろな微生物たちは、ゆっくり自然のままに生きている。チーズをつくる人間の方だって、そんないのちの大きな流れに従うことが大切なのです。
重要なのは、「そうして自分たちが暮らす土地からゆっくりと生まれるものに、いかにして高い価値をつけていくか」。問題はここです。共働学舎新得農場のチーズは、やがてヨーロッパのコンクールで高く評価されるようになり、そのことが日本での評価を高めてくれました。こうして経済的に自立する仕組みができていきました。
チーズ工房のほかでも、牛やブタ、鶏、羊の世話などもみな機械は不要で、ゆっくりでも良いから人間の手で毎日こつこつと続けていく種類の仕事ばかりです。野菜づくりにしても、いろんな人が、何かの決まりや誰かの命令があるからではなく、自分が生きていくために自ら進んで少しずつ関わって成り立っています。ひとりひとりが無理なくできる範囲で。ここがポイントです。
僕たちがチーズ作りを学んだのは、フランスのアルザス地方でマンステールチーズの協会を率いながら、フランスチーズのAOC(原産地呼称統制)の仕組みづくりを進めたジャン・ユベールさんです(彼のことはこのサイトで何度もふれています)。いまから25年前にはじめて訪ねた先は、あるエコミュージアムでした。アルザスの美しい田園の中に、200年以上前に建てられた農家などを移築再建して集落を作り、そこで産業革命以前の方法で農業や酪農、チーズやワインづくりを行っているのです。すべての動力源は、電気でも内燃機関でもなく、水車だけ。
地域の歴史的な営みの集積をまるごと時間と空間の博物館にしようというエコミュージアム運動は、その後日本でもさまざまな紹介や研究、実践が進みましたが、当時はとても珍しいものに感じました。ユベールさんは、これがフランス文化の原点なんだ、と強調しました。そうか、こういう暮らしをお手本にすれば、僕たちも新得でやっていける。そう直感しました。
『アラヤシキの住人たち』の舞台の真木(長野県小谷村)の暮らしも、車が入れない集落ゆえに一旦途絶え、しかしそのことが今になって、土地の古くからの暮らしが守られてきたことにつながりました。規模と効率最優先のアメリカで酪農を学んだ僕ですが、だからこそ、その真逆であるいまの仕事と生き方がある。本橋さんの映画を見て、あらためてそんな感慨もおぼえました。
※2015.08.26札幌にて
※十勝毎日新聞社 浅利圭一郎記者による本橋成一さんと宮嶋望へのインタビューに
同席させていただきました。感謝申し上げます。
「2015.09.20 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」