共働学舎新得農場 代表 宮嶋望の発言と実践

宮嶋 望の発言

「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」に参加して

「十勝チーズモールウォッシュ」の誕生へ

ミルクは本来、その牧場の風土(土や地形、気候、牧草や水、風や光など)とそこに生きる牛たちによって作られます。だから工業製品とはちがって、土地ごとに個性のあるミルクが生まれます。そして微生物の複雑な働きでミルクを濃縮するように加工していくチーズは、さらにいっそう、作られる土地の個性があらわれる食品です。人間と自然が深く関わり合って営んできた、その土地の価値や魅力がチーズになるのです。
前稿で、「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」で日本のチーズが高評価を受けた背景を考えてみました。底流するのは、歴史に裏づけられたその土地固有の個性と価値の重要さです。フランスではそれを守るためにチーズやワインでAOCと呼ばれる制度を作りました。21世紀に入ってからは、AOPというEU統一の保護原産地呼称も整備されてきています。AOCを名乗るにはたいへん厳しい基準をクリアしなければなりませんが、日本でも近年こうした考えをもとにした日本流の基準づくりが進められてきました。それが地理的表示保護制度(GI・Geographical Indications)です。農水省のホームページでは、こう解説されています。

地域には長年培われた特別の生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性により、高い品質と評価を獲得するに至った産品が多く存在しています。これら産品の名称(地理的表示)を知的財産として保護する制度が「地理的表示保護制度」です。

日本でも製品名に使われているカマンベールやゴーダ、ブリー、ゴルゴンゾーラといったチーズの名前は、原産地に由来します。日本が自ら地理的表示保護制度(GI)を運用する時代になったということは(2015年6月より施行。現在登録申請が受け付けられています)、もうヨーロッパのコピーはできなくなることを意味します。事実、日本とEUの経済連携協定(EPA)でEU側からは、チーズやワインで日本の製品がヨーロッパの現産地名を使えないようにすることを求める動きが出ています。

共働学舎新得農場が位置する北海道の十勝では、チーズのAOC制度を作った中心人物であるジャン・ユベールさんに学びながら、四半世紀にわたって風土を活かしたナチュラルチーズづくりに先駆的に取り組んで来ました。いま日本のナチュラルチーズは9割以上が北海道で作られ、さらに国内生産の8割くらいを十勝が担っています。
数年前からは、十勝の6工房共同でラクレットを作るプロジェクトに取り組んでいて、この夏、地理的表示保護制度への登録申請を行いました。商品名は、ラクレットではなく「十勝チーズモールウォッシュ」としました。当初はユベールさんもラクレットは地名ではないので製品名にしてもいいんじゃないかとおっしゃっていたのですが、その後スイスでラクレット・デュ・バレーでAOC認証を取り、フランスでラクレット・デュ・サヴォアでAOP認証を申請していることがわかったので、はずしました。
以前このサイトでもふれましたが、モールウォッシュとは、十勝川温泉(十勝管内音更町)のモール温泉水でウォッシュすることを意味します。ラクレットの風味を醸すリネンス菌を立ち上げるために、一般にはアナトーという南国のベニノキ由来の色素が使われるのですが、僕たちはこれに代わる地元の素材を研究する中で、アナトー同様に強いアルカリ成分をもつ十勝川温泉のモール温泉水と出会ったのでした。これは、太古の湿原の泥炭が変成した亜炭を含む深い地層から湧き出る温泉で、植物性の有機物を多く含んでいます。

僕たちは来年度、十勝川温泉街の一画に作られるショッピングモールに近接して、6工房共同の熟成庫を作ろうとしています。2カ月〜3カ月の熟成で、最大で年間9万個くらい生産できる計画です。またこの熟成庫が立ち上がる前に、帯広市内のダイニングレストラン「十勝農園」さんに小規模の仮熟成庫を作って、年内にシミュレーションをはじめます。複数の工房が共通レシピと共同熟成庫によってひとつのブランドチーズをつくるという取り組みは、日本ではまったく初めての挑戦です。しっかりした成果を出していきたいと関係者一同はりきっています。

「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され(2013年)、日本の食文化が世界的な認知を広げています。今年6月に行われた「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」で、日本のふたつのブルーチーズがスーパーゴールドに選ばれたのも、そうした流れのあらわれでしょう。また牛肉の世界では、黒毛和牛をアメリカやオーストラリアで繁殖させて「WAGYU(和牛)」として販売し、人気を集めています。GI(地理的表示)の観点から見れば大きな混乱の元ですね。一方ではご存知のように、TPPやEPAに代表される輸出入の複雑な問題がある。近年はこのように、食をめぐる情勢はまるでどこもかしこも深い変動のさなかにあります。
いま何が大切なのか。何を見失ってはいけないのか。目先の動向に一喜一憂するのではなく、私たちはその議論を重ねなければなりません。僕にとってその針路は、「規模や効率ではなく、土地に根ざした品質と個性で経済価値を作り出す」という、ジャン・ユベールさんはじめヨーロッパの酪農家やチーズ職人たちが教えてくれた仕事にほかなりません。

 

※2015.08.25札幌にて

「2015.09.11 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」

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「石狩家畜人工授精師協会第64回定期総会」での講演から

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