共働学舎新得農場 代表 宮嶋望の発言と実践

宮嶋 望の発言

「2015年3月の宮嶋望セミナー」から

6つの工房で、十勝ブランドのラクレットを

チーズ王国ともいわれる北海道の十勝ですが、ここの風土の個性をどのように活かしていくか。ヨーロッパのコピーではないチーズづくりをするためには、そこが最も重要なポイントになります。
風土を活かすとは、地形や土壌や牧草、水や気象条件、動植物の生態系など、そこの土地にあるすべての要素をものづくりに取り入れることです。僕たちの農場の乳牛はブラウンスイス種が主体ですが、この牛は足腰が強いので丘陵地で放牧をするのに向いています。はるか遠くの国から運ばれてくる輸入飼料に頼らず、その土地の草で牛を育て、ミルクをしぼり、自然の法則のままにチーズを作る。自然の法則を守っていけば、必ずおいしいものができます。そしてそれを持続的な経済価値に替えていく——。それが僕たちのチーズ作りであり、ミッションです。
「さくら」は桜の香りがほんのりと香るソフトタイプのチーズで、世界に認められた僕たちの最初のチーズですが、2003年の第2回山のチーズオリンピック(フランス)で銀メダル、翌年の同大会(スイス)で金メダルをいただきました。日本の食文化の中でさくらの葉に抗酸化作用があることは、古くから知られていました。桜は春の喜びを実感させてくれる花ですし、桜をあしらった料理はお祝いの席にもふさわしいものです。白いチーズに塩漬けの桜の花をトッピングした「さくら」は、日の丸のようにも見えるでしょう。このチーズがヨーロッパで認められたとき、僕たちは正直驚きました。「さくら」は、ただ新得の風土からできただけのシンプルなチーズですから。でも考えてみると、彼らはそこを評価したのだ、と思い至りました。つまり自然の法則にのっとってその土地で作られたチーズの個性こそが市場価値を持つんだ、と実感できたのです。

いま十勝の6つの工房が集まって、共通ブランドのラクレット作りに取り組んでいます。十勝には、十勝産の原料を使った製品の安心と安全、おいしさを認証する十勝ブランドという制度があります。独自の厳しい衛生管理基準なども特長です。ラクレットの場合、風味を作るリネンス菌を立ち上げるためにアナトーという南国のベニノキ由来の色素が使われますが、これが十勝産ではないために、このままでは十勝ブランドを名乗ることができません。アナトーの働きは強いアルカリ成分にあるのですが、僕たちは、ならば十勝のものでこれと同じような働きをするものはないかと研究しました。すると、これぞ十勝という身近なところにそれはありました。十勝川温泉のモール温泉水です。ここのお湯は、太古の植物が作った泥炭などが溶け込んだアルカリ泉質の温泉なのです。これを使えば正真正銘の十勝ブランドとなります。
また、ラクレットには3カ月くらいの熟成期間が必要です。工房によってはそのためのスペースが足りない。それぞれつねにいろいろなチーズを作っていますから、限られた空間でラクレットだけをつねに作りつづけることはできません。そこでこれも新たな取り組みですが、共同の熟成庫を作ろうと考えています。共通の仕様(レシピ)を使って各工房が仕込んだラクレットを、共同の空間で熟成させる。これによって、各工房の個性を活かしながら、ブランドとしてまとまりのあるラクレットを作ることができます。
いうまでもなく、チーズをおいしく熟成させるには、熟成庫が重要な鍵を握っています。温度は8〜12℃、湿度は85〜95%くらいの条件を安定して維持しなければなりません。適度な空気の流れやおだやかな換気も必要です。さらに重要なのは、結露対策。この必要条件を機械管理で作ると、チーズの上に結露が発生しますが、結露は表面菌の発生を妨げ、望まない雑菌が増殖するもとになります。そこで共働学舎新得農場では、床下に炭を埋め、軟石とレンガと木材だけで熟成庫を建てました。詳しい話は別にゆずりますが、地中の炭によって空間にマイナスの電子を供給して、結露を防ぐのです。空気中の微小な水分子はマイナスイオンで覆われ、呼吸をしているチーズもマイナスで覆われているので、マイナスどうしはくっつかずに反発し合います。だからべたべたと結露にならない。マイナスの電子が電位差によってつねに下から供給されることで、これだけの湿度があっても、結露は起こりません。資材に鉄を使うとこうした状況を作ることができないので、ボタボタと結露が出てしまいます。
この熟成庫ではほかに、複数の工房からグリーンチーズ(熟成前の若いチーズ)が運び込まれますから、きっちりした管理システムを整えなければなりません。その分野でも、次の時代のモデルになるような取り組みをしたいと思います。

「2015.04.03 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」

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INDEX

宮嶋 望の発言

12という数字から

大病から生還して

土地に根ざしたものづくりの新展開

2017年の春に

真木共働学舎の取り組み

映画『アラヤシキの住人たち』に寄せて

「モンデュアル・デュ・フロマージュ2015」に参加して

「札幌豊平教会」建設55周年記念講演会から

「石狩家畜人工授精師協会第64回定期総会」での講演から

「2015年3月の宮嶋望セミナー」から

イタリアで考えたこと

共働学舎新得農場の成り立ち

レポート