宮嶋 望の発言
イタリアで考えたこと
風土から考えるフランスチーズとイタリアチーズ。
北イタリアを訪問して(2014年9月)、固有の風土が生み出す固有のチーズという課題をあらためて考えさせられました。
イタリアのチーズがもっとも大切にするのは、良い牛乳を良い条件で元気に乳酸発酵させる、というシンプルなこと。世界のほとんどのチーズづくりに共通しますが、チーズとはまず、乳酸発酵させた乳にレンネット(凝乳酵素)を入れて固まってくるカード(凝乳)を細かく切って型に入れ(このとき分離させる水分がホエー)、自然の力で熟成させていくものです。乳酸菌が出す酵母の働きで、味わいが作られていきます。イタリアのチーズでは、とりわけこのシンプルな成り立ちが基本なのです。
これに対してフランスのチーズは、チーズの表面に酵母を育て、さらにカビをつけることなどで、複雑な味わいを生み出します。シンプルなぶんイタリアのチーズは、比較的すっきりとした味で食材のひとつに位置づけられますが、フランスのチーズはそれ自体で食べることが多い。こうした違いはどうして生まれるのでしょう。
イタリアの代表的なチーズであるゴルゴンゾーラやパルミジャーノ・レッジャーノの産地は、北イタリアのポー川流域です。バローロなどのワインの名産地もこの流域で、パルマやクラテッロなどの生ハムも有名です。
地図を見るとわかりますが、ポー川は、たくさんの支流を集めながら西から東へと流れる大河です。つまり、流域には夜明けから午前中まで、陽の光が東からすみずみにたっぷりと降り注ぎます。朝の光は青く波長の短い光が多く、すべての生き物たちを元気に育み、強い成長力を生みだす、という説があります。私はこれに賛同します。だからみずみずしい草をたっぷりと食べた牛たちのミルクは、シンプルに、そして健やかに発酵していくのです。
一方でフランスを地図で見ると、東には巨大なアルプスの山岳が連なっているのがわかります。だからポー川流域のような、午前中に豊かな光が入り込むことは望めず、イタリアのチーズよりも乳酸発酵の力が弱くなります。そのかわり太陽は、午後から夕方にかけて西側から陽光を注ぎます。午後3時ころからの光は赤く波長が長いのが特徴で、この光には生きものをゆっくりと成熟させる力があります。つまり酵母菌にとってもとてもありがたい光なのです。
近年では、メタゲノム解析という手法を使って、微生物が持つDNAや遺伝子などを、実際に培養せずに調べることができます。これによって環境の中のさまざまな微生物の活動が見えてきます。ウルトラマイクロバクテリアと呼ばれる、これまでの科学が分類し切れていないとても小さな微生物たちが重要な働きをしていることもわかってきました。
例えばブドウの実の表面には土壌に由来するたくさんの微生物がいて、実から栄養をもらうと同時に酵素を含む分泌物を実の中に戻しています。メタゲノム解析では、その種類や働きなどもつかめるのです。また、植物の葉にある導管(水分の通路)は光ファイバーのようなもので、葉が受けた光は根にまでちゃんと届き、それが土中の微生物の活動を盛んにします。微生物はその植物に有益な分泌物を出し、根がそれを吸収します。太陽の光は、こうして土中の微生物にも大きな影響を与えることがわかってきました。
青い光・赤い光の説でいえば、午前中の波長の短い青系の光は、これに反応する微生物を活気づけますが、彼らの多くはその環境にいる生きものの生命力をフレッシュに高めます。そして午後の波長の長い赤系の光に反応する微生物には、生きものの免疫力を高め、成熟をうながす働きをするものが多いのです。フランスのワインでいえば、青い光(午前の陽光)を軸に生まれるのがブルゴーニュ、赤い光(午後の陽光)を軸にじっくりと熟成していくのがボルドー、となります。
テロワール(その土地らしさ)という考えを、科学的に、そして風土誌的なスケールでとらえるとこうしたことが言えるでしょう。
このサイトの「自分の土地を深く知る」という文章でも書きましたが、西から日高や大切の山並みに囲まれ、東に大きく開かれた十勝の地は、ポー川流域のように成長力豊かな午前中の光を軸にした土地です。午後の赤系の光は、それらの山岳の鞍部である狩勝峠から十勝の奥にまで入ります。「共働学舎新得農場」の牛たちの放牧地は牛乳山にありますから、標高の高い分、ここもこの赤系の光の恩恵にあずかることができているのではないか、と思っています。
農業やチーズづくりは、このように土地がさまざまな条件に左右される営みです。私たちは自分が暮らす風土を深く知り、風土によって最適に育まれるものこそを大切にしていかなければなりません。
「2014.10.26 テキスト編集/谷口雅春(ライター)」